「紅楼夢」の料理談義
―名作を舌で味わう―(その12)

紅楼夢梗概

紅楼夢は、没落した地方の名家の子供として、一八世紀の初めに南京で生まれた曹雪芹の作品である。紅楼夢は、別名「石頭記(せきとうき)」と呼ばれ、一八世紀末に書かれたとされる。現在、紅楼夢は一二〇章からなるとされるが、賈は、八〇章までが曹雪芹の作であり、後半四〇章回分は高鶚(こうがく)という進士(科挙)が補作したものと言われているが、いろいろな人物が補作に絡んでいるとの説があって明白ではない。

 前半八〇回分の物語は未完のままであるが、冒頭に、この物語は天上世界の仙女たちが繰り広げる夢幻劇であり、その物語を刻んだ大きな石が存在するという、いわば、神話的な導入部分がある。

 本体の物語は、帝室とつながる名家()家の二つの家系、すなわち、(ねい)国府(こくふ)(えい)国府(こくふ)の人々と侍女たちの人間模様を描いた物語で、嫡男の少年宝玉と彼を取り巻く一族の女性とその侍女たちを中心とする恋のさやあてや、へつらいと反抗の有り様を描いた物語である。

紅楼夢と料理

 この物語で、料理はその食べ方によって、登場人物の性格や好みを描き出したり、あるいは、料理の素材や調理方法によって、当時の貴族の生活様式を想像させたり、あるいはまた、人間関係の潤滑油になったかと思えば、友情、へつらい、誇示などの触媒ともなっている。その意味で、料理を通じて紅楼夢の世界を別の角度から「味わう」こともできよう。

紅楼夢人物点描

紅楼夢の料理談義一の登場人物>
賈宝玉
 紅楼夢のいわば主人公。名家賈家の御曹司(賈政と王夫人の間に生まれた息子)科挙試験のため勉強中ながら、女性を賛美して、取り巻きの美女たちとの交流に日を暮らす。生まれた時、口に宝玉を加えていたことから、宝玉と名付けられた。

林黛玉
 黛玉の母賈敏は、宝玉の父賈政の妹であり、したがって、黛玉と宝玉は従兄妹同士である。幼くして母を亡くしたことから、母方の祖母であり、賈家をいわば取り仕切っている「ご隠居様」に引き取られ、宝玉と一目惚れの関係になる。体が弱いこともあり、繊細な性質。

薛宝釵
 宝玉の母王夫人の妹の娘であり、宝玉とは従姉にあたる。黛玉と並び称される美人。黛玉が繊細でありながら個性的で、周囲から疎まれがちであるのに対して、宝釵は思慮深く、優雅にふるまうことから、周囲の敬愛を集める。それだけに、黛玉との関係は微妙。

史湘雲
 賈家に君臨する「ご隠居様」の血縁の美少女で、以前から賈家に出入りしていたと見られる。詩作に優れて頭も良いが、早くに両親を亡くし、伯父の家で養われていた頃は、自分で針仕事をするなど、苦労もしたとされる。しかし、賈家では明るく振舞っており、どこか謎めいたところがあると評されることが多い。

<紅楼夢の料理談義二の登場人物
王煕鳳
 賈家の当主ともいえる賈赦の長男賈璉の正夫人。名門出身。家事の采配や催事の指揮などに有能。それだけに、自らの指揮権を誇示しがちであり、侍女たちから恐れられている。一家の柱賈母の信頼も厚いが、姑の妬みを受け悩むこともある。

<紅楼夢の料理談義四の登場人物>
劉姥々(婆)
 王夫人の遠縁にあたり、田舎で野菜を作っている農家出身の老婆(七五歳)で、大観園の貴族的空間に外(庶民)の視点を持ち込む人物。

 なお、彼女に供された茄子は、その作り方が詳細に述べられているほど凝った料理で、そのままの再現は不可能に近いと言われているが、この茄子については、紅楼夢の版によって異同があり、ある版では茄胙(チエツォ)――供え物あるいは催事の終わりに配る食物の意――、別の版では茄鯗(チエシアン)――魚の干物の意――となっている。

<紅楼夢の料理談義五の登場人物>
尤三姐
 賈家の当主で、女色にふけりがちな賈珍が、色恋沙汰の相手にする女性の一人。出身は賈珍の妻(ゆう)(し)の異母妹。
 しかし、三姐はしたたかな女性で、賈珍などを逆に手玉に取ってしまうような、妖麗かつ淫蕩な性格の女性。

<紅楼夢の料理談義六の登場人物>
賈母(ご隠居様)
 賈家を隠然と取り仕切っている老母。孫の宝玉を溺愛し、また黛玉をも可愛がっている。機転も効く有能な侍女の鴛鴦(えんおう)に頼っている。その侍女を長男の賈赦が妾にしようとしているのを知り激怒し、周囲にあたりかまわず八つ当たりするような面を持つ。

<紅楼夢の料理談義八の登場人物>
芳官
 元来は、賈家が雇い入れた(専属の芸人として購入した)芝居役者の一人であったが、その後侍女として雇われた女性。親元がないため、義母と称する婆やが躾役に付き、その婆やに厳しく躾けられるが、芳官は、理不尽と思う小言には反抗し、気丈なところを見せる。

晴雯
 宝玉付きの侍女で器量が良く、また、気丈で口達者な女性。その率直な振る舞いが、年配の侍女や一部の女性たちから疎まれ、結局賈家から追い出され、病んで死ぬ。

襲人
 宝玉付きの侍女だが、実家も裕福ではないがしっかりしており、また宝玉と関係を結んだ仲であることも手伝って、侍女の中では特別の扱いを受けている。また、思慮深く、常に宝玉のために良かれと思うことを、自己犠牲を厭わずに行う女性。

<紅楼夢の料理談義九の登場人物>
探春
 宝玉の異母妹。黛玉、宝釵などと比べ詩歌の才能などでは及ばないとされるも、機転が利き、家事の取り仕切りなどには有能であり、のちに賈家の家事の采配を任されるようになる。また、賈家の侍女、召使の持ち物を抜き打ち検査する動きが出ると、侍女たちの持ち物は日頃から自分がきちんと監督しており、自分のところに限り、検査の必要はないと抵抗するなど、気丈なところを見せる。他方、暗愚な実母が、探春の地位が高まるにつれて、それに付け込んで厚遇を期待するので、その扱いに悩む。

李紈
 宝玉の亡き兄賈珠の未亡人。名家の出身で、書を読み、詩歌の際にも優れる。善良で温厚な性格。節操を守って子を育てるが、気安く心を打ち明けられる友達や気の置けないおつきの侍女もいないため、心中深く孤独を秘める。

小倉和夫(おぐら・かずお)

国際交流基金顧問、全国農業会議所理事、青山学院大学特別招聘教授。1938年東京生まれ。東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。外務省文化交流部長、経済局長、外務審議官等、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長を歴任。1972年日中国交正常化交渉に外務省事務官として参与、70年代に香港に在住。「日中実務協定交渉」など国際関係関連の著書多数。