「紅楼夢」の料理談義
―名作を舌で味わう―(その2)
「シャム豚」と「シャム茶」
普段から出入りの大商人から賈家が受けた年賀の進物のリスト、紅楼夢第53章に書かれたその「目録書」には、既に触れた鹿肉のほかに、「シャム(暹羅)豚」20匹と書かれていることが目をひく。
また、別の所では、黛玉とならぶ女主人公宝釵の兄弟である薛蟠はその誕生日に、なじみの骨菫屋の手配で「シャム国から献上された霊柏香で燻製したシャム豚が手にはいった 」と言って喜ぶ(第26章)。
シャム国とは言わずと知れた今日のタイのことであり、タイ王朝から中国への貢ぎ物が、宮中と縁続きの賈家だけに、なんらかの方便で入手できたのかもしれない。
ここには、中華秩序を支える冊封と貢ぎ物による関係が、タイを含む安南地方に根をおろしていた歴史をかいまみることができるともいえる。
また、わざわざタイからもたらされた食材という触れこみは、この料理がいかに珍重されていたかを暗示している。
元来、広東料理には豚肉を酒と油に漬け、木屑を燃やした熱い灰に入れて燻す料理があって珍重されていたという。これには、通常柏の枝が使われたといわれ、紅楼夢の文中に「霊柏香で燻製した」という言葉が出てくるのは、特別香りの良く出る柏の木を利用した珍味であることを暗示していると考えられる。そのため、中国人の論者によっては、ここでいうシャム豚と言うのは、実は広東料理にある「烤乳猪(焼き子豚)」の一種であり、シャムから来たというのはそう噂されただけで、事実とは考えられないという者もいるようである。
しかし、そもそも豚肉のハムは、中国の南方、とりわけ雲南地方で盛んであり、南の彼方である「シャム」もいわば「遠い南方」という意味で使われたにすぎないと考えることもできよう。
他方、シャム豚と同じく薛蟠が進物として貰った「長く、さくさくした蓮根」や「化けものみたいに大きい西瓜」の方が、なまじ値段が高いだけで珍重される蝶鮫やシャム豚よりも食べがいがあるとして、親族におすそ分けした、と薛蟠が述べていることも興味深い。
ここには、賈家一族にとっては、鱶のヒレや柏で燻した豚肉などはしばしば賞味されており、特段に珍しいものではないという豪勢な日常生活が垣間見られるといえよう。
このことは、他方、本当の食通は、通常珍重される贅沢な食材を食べる人というより、むしろ、一見素朴にみえる料理の内に潜む奥深い味を賞味しうる者であるとの見方が隠れているとみることもできるかもしれない。

紅楼夢には、シャム豚に加えてシャムのお茶の話が登場する(第24章)。
ある日、若奥様の煕鳳が黛玉にお茶を二瓶贈ったが、何も反応がないところ、ひょいっとして黛玉は外出していたのでは、と問いただすと、黛玉は、「すっかり忘れていました」と言いながらお礼を述べた。
同じお茶を飲んだことのある宝玉は、「本当はおいしいのだろうが、自分はそれほどとは感じなかった」と言いながら、側にいた宝釵にそのお茶を飲んでどう思ったか質すと、宝釵は、味はあっさりして良いが色はあまり良くないかも、といった返事をする。
そこで、熙鳳夫人は、「あれはシャムからの貢物だが、別段変わった味でもなかった」と言う。
すると、黛玉は、「とても美味しくいただいた」と言いつつ、皆の反応はおかしいと呟く。
ここには、宝玉を巡って微妙な関係にある2人の美しい少女、黛玉と宝釵のさやあてと、両者の性格の違いが浮かび出ている(黛玉は、思ったことをはっきり言うが、宝釵は、煕鳳夫人や宝玉の意見にそれとなく配慮した言い方をしている)。
ちなみに、ここでいうシャムのお茶なるものは、専門家によれば孩儿茶(HU ER CHA)、あるいは、烏爹泥(WU DIEN NI)と呼ばれるもので一種の薬効を持った特別のお茶で、やや苦みのある茶といわれる。
そうとすれば、元来病弱な黛玉が、このお茶を美味しいといったのは、黛玉が日頃から薬草などに馴染んでいたせいとも考えられる。
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小倉和夫(おぐら・かずお)
国際交流基金顧問、全国農業会議所理事、青山学院大学特別招聘教授。1938年東京生まれ。東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。外務省文化交流部長、経済局長、外務審議官等、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長を歴任。1972年日中国交正常化交渉に外務省事務官として参与、70年代に香港に在住。「日中実務協定交渉」など国際関係関連の著書多数。


