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シンガポールで「千鳥舞」

著者:王敏(法政大学名誉教授、当財団参与)

 2023年9月8日、東南アジアの中心地シンガポールで十数カ国と地域が参加して「2023年和合文明論壇――文明の多様性と現代――」が、国際儒学聯合会(会長;劉延東中国元副総理⦅現在は孫春蘭元副総理⦆、理事長;福田康夫元総理、本部;北京)とシンガポール中国協会と中国人民対外友好協会、上海交通大学、シンガポール理工大学の5団体共催で開かれた。盛会に終始した。

 中国語で「和合文明論壇」と呼ばれるこのフォーラムは2020年、日本アジア共同体文化協力機構の提案のもと国際儒学聯合会と始めたものであり、日本語では「新日中文明フォーラム」と称される。初開催の盛会の状況は本機構のホームページによって視聴が可能である。

 さて、今回の開催がこの3年余のコロナ禍を乗り越えた成果であり、閉会式では、河南博物院・華夏古楽団が優雅な演出を見せ、参加者たちのこころを和ませて締めくくった。

 私は、その中の「宴趣」という踊りに感心した。というのは、踊りのルーツが日本では平安時代半ば(907~960)にあたる時期に活躍した画家顧閎中(ここうちゅう)の名作に関係しているからだ。顧閎中は、日本でも昔から知られている画家である。

 唐の滅亡後、鑑真の故郷で知られる揚州あたりを中心に、「南唐」という国が存在した。君主の李煜(りいく)が夜遊びに興じる重臣韓熙載の行状証拠をつかむため、顧閎中に秘密裏の調査を指示したという話がある。こうして夜な夜な遊ぶ韓熙載の実態を記録した「罪状」が「絵」の形で残された。画題は「韓熙載夜宴図(かんきさいやえんず)」と名付けられ、今も故宮博物院に保存されている。

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「宴趣」という踊りは、5つの場面からなる原画にインスピレーションを与えられた如く、宴会後の侍女たちの「千鳥足」姿をユーモラスに再現させている。男性陣に負けるものかと侍女たちが酒を酌み交わし跳ね踊る。思わぬ「千鳥舞」となっている。日常を楽しむ無心のひとこまが、今も昔も変わらないことを思い出させてくれる。

「宴趣」の舞を見ながら、私が顧閎中の名画に思いを馳せたのも、舞台を漂わせるウキウキ感が観客を歴史の絵巻に誘われてしまったかもしれない。

 

 ところが、国際会議の会場では酔うほどの美酒美肴が出てこない。セルフサービスの食事が中国国内でも当たり前のようになっているからである。「宴趣」という踊りを取り上げられる背景に、国際会議への取り組みも柔軟性多様さを見た気がしたというのは言い過ぎだろうか。

王敏 中国河北省生まれ。大連外国語大学卒、四川外国語学院大学院修了。国費留学生として宮城教育大学で学ぶ。2000年にお茶の水女子大学で人文博士号を取得。東京成徳大学教授、法政大学教授などを歴任。現在法政大学名誉教授。専攻は日中比較文化、国際日本学、東アジアの文化関係、宮沢賢治研究。

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