若山牧水 師村妙石書法篆刻藝術展――中国美術館 現場レポート(師村冠臣)
2024/9/6
2024年8月14日から8月24日まで、中国北京の中国美術館5号庁で、「若山牧水 師村妙石書法篆刻藝術展」が開催された。主催は中国美術館と日本中国文化交流協会で、共催は西泠印社と若山牧水紀念文学館。呉昌碩先生生誕180周年記念の展覧会で、中国美術館国際交流展系列として実現した。
師村氏にとって2008年、2018年に続いて中国美術館で3度目の個展となる。本展のメインテーマは、日本の詩人、若山牧水。師村氏はここ数年間、若山牧水の歌を日中の書家で表現し、日本と中国で発表、巡回していく若山牧水プロジェクトを計画し、それの指南書を中文訳付きで出版した。去年は東京の日中友好会館美術館、北九州市立美術館で開催、いよいよ中国大陸を巡回する。その始まりが中国の美術の殿堂である中国美術館で、この度若山牧水の軸作品5点が収蔵された。美術館内外の専門家の3ヶ月の協議を経て、中国美術館から師村氏へ若山牧水作品5点を収蔵したいので寄贈して欲しいとの申し入れがあり、それを快く受け入れた師村氏は、「大変光栄なことで、今回展の最も大きな成果だ」と感慨深く語った。
開幕式は中国美術館7階の学術報告庁で挙行された。背景デザインは、牧水を象徴する水色と紺で、呉為山館長の展覧会の題字が映える。金杉憲治駐中国日本大使はじめ、張華慶中国硬筆書法協会主席、中国各地から多くの書道家も参列した。呉為山中国美術館館長、中野暁日本中国文化交流協会専務理事の主催者挨拶に続き、程永華中日友好協会常務副会長が祝辞を述べられた。呉為山館長は祝辞の後半で「今までにない若山牧水をテーマとしたこの展覧会で、今回収蔵された5点の若山牧水作品も含め、今から30年後、50年後、必ず歴史に残ることになると信じている」と本展の意義を語られた。呉為山館長自身、これまで本人作の3体の彫刻作品を日本に寄贈設置してきた。芸術に国境はなく、本当に良いものを後世に残す、という呉為山館長の芸術家としての強い信念を感じる。この開幕式は、まだ中国では知られていない若山牧水を紹介していく、中国での若山牧水プロジェクトという旅の始まりの儀式。呉為山館長のその言葉は非常に力強く、大きな追い風が吹いていることを感じた。
中野暁日本中国文化交流協会専務理事の主催者挨拶、程永華中日友好協会常務副会長の祝辞も、日中両国からの支持の元でこの展覧会が成立していることを感じた。師村氏は謝辞の中で、同郷宮崎の歌人、若山牧水が実現できなかった訪中の夢を、今回の展示を通して実現したい、という熱い思いを語った。その後、収蔵証書授与、テープカット、記念撮影を終え、展覧会は盛大に開幕された。
展覧会場で師村氏が全体の作品解説をした後、各々が自由に作品を鑑賞した。今回展は、手前の小さな空間の中に若山牧水直筆の作品30点が展示された。主に軸作品で、短冊と色紙の作品も数点あり、初めて中国で若山牧水を紹介する意味で、充実した贅沢な空間となった。会場に入って正面に見えるのは展覧会名と前言。この前言は、主催の中国美術館が作ったもので「古来からの日中文化の密接な関係、若山牧水の紹介、本展意義、日中両国で文化芸術友好交流を促進し、共に美しい未来を期待している」という豊富な内容。この前言と、中国美術館が牧水作品を5点収蔵したことに、本展への高い関心と期待感が伺える。
今回、中国人が初めて見る牧水作品に対しての反応は、じっくり鑑賞して写真を撮っている人が多かった。交流の中で「平仮名は理解できないが漢字の意味は解る、自然体で気持ちの良い線だ」という感想がいくつもあった。漢字と書道、それらが日常の中国人から見た牧水作品は、新鮮であるがどこか自然体で懐かしい素朴さを感じている様子。もともと平仮名は漢字の草書体が変化したもの、と考えるとその反応は自然なものとも思える。
この空間には1点だけ展示されたザテンコクの一歩一歩の軸作品があり、そこから次の大きな空間へと繋がっていく。ここからは、若山牧水プロジェクトの核となる部分である、若山牧水の名歌8首を書と篆刻で表現した軸作品シリーズ。福岡県美術協会副理事長の鐘ヶ江勢二先生、早稲田大学講師の財前謙先生、宮崎大学教授の山元宣宏先生と師村氏4名の作品が並んだ。本来、ここで中国人作家の作品も一緒に展示し、平仮名の字母となる漢字で表現した中国人の作品と、日本人の平仮名と漢字で表現した作品を同時に展示する、という企画だったが、中国美術館の厳格な審査と規則により、今回は中国人作家の作品の展示は実現しなかった。しかしながら、中国美術館で若山牧水の歌を日本人の平仮名を使った表現で中国に紹介したという点では、前言通りに日中文化芸術友好交流を促進するために効果的であったことは間違いない。次回からの展示に更に期待したいところだ。
そこを過ぎると、若山牧水と呉昌碩をテーマとした師村作品の書、篆刻、ザテンコクで構成されている。最初に目に飛び込んでくるのは書道大作「山河四望」と「太白遺風」。呉為山館長から杜甫や李白をテーマにした作
品も発表してほしいと要望があり、今回新たに制作した力作だ。中国人からすると、若山牧水はまだ知らない存在であり、このような作品や、本のタイトルにもなった「若山牧水 近代日本の杜甫李白」という言葉で紹介していくことは最適だと思う。
その次に、「若山牧水先生に捧げる24方印」が印象深い。若山牧水の呼称一つ一つにストーリー性があり、2種類のサイズのキャンバスに鮮やかな赤と白の2色で描いた24個のシリーズは、本展の一つの見どころ。床には「牧水のこころ」、両サイドには「雲」と「波」、という配置で、遠目から見ても若山牧水とその人生、彼が愛した大自然が融合された展示となった。
今回、本展の特別支持という形で、中国大連の大連萬和祥が収蔵している師村作品「茶香華」が展示された。全体で290✖️240㎝の額に入った書道大作は、生命力と風格があると多くの鑑賞者が賞賛した。呉為山館長もこの作品を高く評価し、じっくり鑑賞されたのが印象深かった。「桜花爛漫」「目」といった旧作のザテンコク作品が並んだが、それら全ての作品に合った牧水の歌のザテンコク作品を各々一緒に並べて展示したところは初の試み。水色と白のその作品が全体の繋ぎとなり、調和をもたらした。書、篆刻、ザテンコクで相当数の作品を制作している師村氏ならではの展示は、独特の世界観を味わえた。
今回特別展示として、呉為山館長制作の彫刻作品「呉昌碩」が師村氏の作品と一緒に展示された。ゴツゴツした自然の岩のような質感で表現されその作品は、生命感に溢れ、360度から鑑賞することができた。この作品の背景となる形で師村氏の呉昌碩先生をテーマとした額作品が等間隔に並んだ空間は日中の共演であり、美しい景色となった。
最後の大きな展示としては「緑水青山就是金山銀山」。空間に合う形に立体作品を変化させた展示で、大自然を表現した。今回は展示会場の中心にベンチを設置し、この呉昌碩と若山牧水の世界観を同時に座ってゆっくり眺めることが可能となった。若山牧水は自然を愛したことを考えると、「緑水青山就是金山銀山」をはじめ、今後は他の作品との展示の可能性も大いに期待できる。
これまで中国美術館での師村氏の個展を取材してきた曹金華さんは「今回特に注目した作品は、『安且吉兮安吉頌』と『若山牧水先生に捧げる24方印』。どちらも今までにない素材や手法で前回見られなかった新しい表現で惹きつけられる。独自の表現を追求し続けていて、作品の進化を感じる」と目を輝かせた。書道家の李思衡先生は「牧水の作品は国宝級のもの。自分の歌を最も自然に書いたあの優しく素朴な線はとても気持ちが良く美しい。良く見せようと作為的になったり、評価されたいと見る人に忖度したりすると、作品にそれが現れてしまう。牧水の作品にはそれが一切感じられない」と評論した。初めて牧水作品を目にした中国人書道家の評論は、理論的で興味深かった。
8月23日午後には、美術を学ぶ北京の小学生9名と先生達が会場に訪れ、師村氏は作品を解説しながら子ども達との交流を楽しんだ。子ども達は初めて見る作品や平仮名に触れた後、そこから文字を使って自分の絵を制作する、という課題をこなした。漢字と平仮名を使い、日本人芸術家と直接交流したという夏の思い出は、彼らの心に今後も残っていくだろう。「作品を通じて、不再戦の誓いをもって、明るい時代を築き上げてほしい。新時代から未来へ託す私のメッセージです。」師村氏は今回インタビューで語ったこの言葉を、交流の中で体現している。展覧会を巡回する各地でこのような地道な交流活動を通し、多くの中国人と直接交流していく積極的な姿勢は、師村氏の一貫したスタイルで、現地の中国人から喜ばれている。
今回の活動は特に内容が豊富で、開幕式後の午後には、日本大使館前にある中日青年交流中心に収蔵設置されている師村氏制作の石柱モニュメントの前で交流活動が行われた。モニュメントに刻まれた文字「中日人民世代友好」、皆でそれを確認し、誓い合う儀式となった。その後、日本大使館主催で日本大使館公邸での日中芸術交流レセプションも催され、日中合わせて43名が参列した。展覧会開幕式に合わせて、それを祝賀する趣旨のイベントで、金杉憲治大使が祝辞を述べられた。師村氏も謝辞を述べて、記念撮影など、和やかに交流がなされた。
本展参観者は11日間で54058人を数え、日本、中国のメディアからの注目度は高い。既に各新聞、テレビをはじめ、ネット上でも多く報道され、反響が大きい。中国での若山牧水プロジェクトという意味では、その旅の第一歩を踏み出したところだ。これは歴史的な一歩だ、ということはこれから証明されていくだろう。今年12月には香港展が決定しており、来年以降は上海、青島、淮安など全国を巡回していく。若山牧水が生前に望んでいた中国への旅は、本展を含め、今後の巡回展一つ一つがその軌跡となり、歴史となる。そして、このプロジェクトが実行される度に、人々は若山牧水の詩歌や人物としての魅力を感じることとなる。それが日中両国の文化芸術友好交流の促進に繋がると信じている。