「紅楼夢」の料理談義
―名作を舌で味わう―(その9)
様々な果物類
紅楼夢に登場する果物は、単に「果物」とされ、具体名が出て来ない時もあるが、果物名まで登場する例を、それを食したと思われる登場人物とともに列挙すると、ほぼ次のようになる。
桃(宝玉、「ご隠居」)第一一章
茘枝(ライチ)(探春)第三七章
蓮の実、ひしの実(史湘雲)第三七章
杏(小者)第六一章
蓮の実、ひしの実(探春)第六七章
西瓜(「ご隠居」)第七五章
桃については、「半分以上」晩になってこれを食べた「ご隠居」が、「夜明け方になって、続けざまに二、三度もご不浄にお立ちに」なったとされており、生の果実を高齢者が夜遅く食べることはよくないという例にひかれている。
蓮の実とひしの実は、いずれも届け物として言及されており、そのことは、この果実が或る程度保存の効くものであることを暗示している。
杏は、小者が果樹園から引ったくろうとしたものであり、広大な大観園の中だけに、果樹の盗み取りが行われていたことが窺える。
西瓜については、「ご隠居」が「見た目は良かったが、割ってみたらそれほどじゃなかった」と述べており、西瓜は見た目と中の味とが食い違うことがよくあることを暗示している。
茘枝については貴重な果物だけに、その接受には果物を盛る器が重要であり、宝玉は「この皿に盛ったらよく釣り合ってきれいだ」と、特定の器に言及したと記されている(第三七章)。
古来、茘枝は、楊貴妃の好んだ果実として逸話が語られていることは著名だが、元曲にも、果物売りが「甘く、香り高く、水々しく、赤い目のような茘枝」と叫んで売り歩く場面があったり、白居易が「噛めば天上の味」「この世のものとも思われぬ香り」と詩に詠ったりしている。

@Public domain
なお、「紅楼夢」では、茘枝が食べるためではなく、謎々の対象に用いられているところがある。それは酒席の余興に、「ご隠居さま」が賈政に、「猿は身軽に梢に立つ」といえばどの果物のことか、と謎をかける。賈政は、「梢に立つ」の発音がリーチーであり、茘枝のリーチーと発音が似ていることから、すぐ茘枝のことと気が付いたが、座をおもしろくするため、わざと間違いの答えをして罰をうけた後、漸く正解を述べたと記されている(第二二章)。
他方、「果物」の持ち運びを誰がするかは、侍女、女中たちの地位や面子と結びついていることが暗示されている場面がある。
ご隠居さま付の侍女鴛鴦(えんおう)が、果物を宝玉のところへ沢山届けてくれた。すると、宝玉付の侍女のひとり晴雯(せいぶん)は、「果物は冷やしておきましたので、女中に言いつけて持ってこさせますから、召し上がってはどうですか」と言う。宝玉は気軽に、「その果物を持っておいで。一緒に食べよう」と言う。ところが晴雯は、「自分は皿でも割りかねないので」云々といった口実をつけて、果物を取りに行くのを拒否する場面がある(第三一章)。
ここには、プライドが高く、常日頃から口答えをしがちな、勝ち気な晴雯の性格が現れているが、侍女や召使の間の微妙な「階級意識」が隠れているとも言える。すなわち、果物を運んでくるような役は、名もない「女中」がやるべきことで、名前をきちんと呼ばれて一角の「侍女」になっている者が、命じられてやるべきことではないといった心理が見え隠れしているとも考えられる。
*

小倉和夫(おぐら・かずお)
国際交流基金顧問、全国農業会議所理事、青山学院大学特別招聘教授。1938年東京生まれ。東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。外務省文化交流部長、経済局長、外務審議官等、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長を歴任。1972年日中国交正常化交渉に外務省事務官として参与、70年代に香港に在住。「日中実務協定交渉」など国際関係関連の著書多数。


