午年(うまどし)の今年を「天馬行空」の年に――保食神と馬の誕生

「天馬行空(天馬てんばくうを行く)」という成語は、発想や精神の自在さを表わす言葉として知られている。ところが東アジアの神話世界を眺めると、この言葉は単なる比喩ではなく、文字通り「天と地をかける馬」として登場する。本稿では、日本と中国の古典に共通する豊かな想像力に導かれながら、年頭にふさわしい象徴としての「馬」を追ってみたい。

『日本書紀』によれば、食物起源神である保食神(うけもちのかみ)は、月夜見尊(つきよみのみこと)の怒りに触れて殺害され、その遺骸から牛・馬・粟・稗(ひえ)・麦・大豆などが生じたとされる(1)。とりわけ注目すべきは、馬が牛とともに人為的飼育や技術により作りだされたものとしてではなく、神の身体の変成として語られている点である。馬はここでは移動や軍事の道具以前に、生命循環の一環として位置づけられている。

 この神話的想像力は、中国古代の文献とも響き合う。『漢書』「れいがく」や「郊祀こうし」において、五穀・六畜は天地と人とを媒介する存在として整理され、馬は祭祀と王権を支える重要な動物とされる(2)。また「天馬」の語は、『漢書』「大宛だいえん伝」に見えるように、汗血馬かんけつば(一日よく千里を走り、ひとたび走れば血の汗を流すという名馬)をめぐる物語の中で、天と交わる瑞獣として語られた(3)。そこでは馬は単なる家畜ではなく、皇帝の徳が天に通じることを可視化する存在であった。

 日本神話における馬が保食神の遺骸から生まれたとする説と、中国史書における天馬観は、一見すると性格を異にする。しかし両者に共通するのは、馬を「人間の外部」に置かれた自然物としてではなく、宇宙秩序の中間項として捉える視線である。食物神の身体から生まれ、天子の徳に応じて現れる馬は、人と天を結ぶ媒介そのものなのである。

 この意味で午年を「天馬行空の年」と語ることは、単なる奔放さの礼賛ではない。保食神神話が示すように、自由な飛翔は犠牲と循環の上に成り立つ。また『漢書』が描く天馬の動きは、無秩序な疾走ではなく、徳と秩序に裏打ちされた営みであった。東アジア古典の馬は、常に倫理と宇宙観を背負って走っている。

 年の初めにあたり、私たちはしばしば「軽やかさ」や「飛躍」を願う。しかし、古典が教える天馬行空とは、根拠なき跳躍ではなく、天地の理を踏まえた自在さである。保食神の遺骸から生まれた馬に思いを致すとき、私たちの一年もまた、他者や自然との連関の中でこそ、大きくはばたけることができるのではないだろうか。  

  1. 『日本書紀』巻一「神代上」。月夜見尊が保食神を斬り、その屍体から牛馬・五穀が生じたとの記事による。 
  2. 『漢書』巻二十二「礼楽志」、巻二十五上「郊祀志上」。六畜を含む祭祀体系の整理について。 「五穀」とは麻・黍(きび)・稷(きび)・麦・豆を、「六畜」とは馬、牛、羊、豚、犬、鶏をいう。
  3. 『漢書』巻六十一「西域伝上(大宛伝)」。いわゆる汗血馬・天馬記事。

【参考文献】
・坂本太郎ほか校注『日本書紀』上・下、岩波書店。
・班固撰『漢書』、中華書局。
・吉野裕子『馬と日本人』人文書院。
・白川静『字統』平凡社。
・王敏 梅本重一『中国シンボル・イメージ図典』東京堂出版。

王敏(オウ・ビン)

一般財団法人 日本アジア共同体文化協力機構 参与
中国河北省生まれ。
大連外国語大学卒、四川外国語学院大学院修了。
国費留学生として宮城教育大学で学ぶ。
2000年にお茶の水女子大学で人文博士号を取得。
東京成徳大学教授、法政大学教授などを歴任。
現在法政大学名誉教授。専攻は日中比較文化、国際日本学、東アジアの文化関係、宮沢賢治研究。