「紅楼夢」の料理談義
―名作を舌で味わう―(その7)

粥にも文学的味

 粥は、中国料理になくてはならぬ存在だ。富める人も貧しき人も、北方であれ南方であれ、朝食でも夜食でも口にする。

 一説によると、中国人は、6000年以上前、いわゆる石器時代からお粥を食べていたという。そのことは、西安郊外の半坡はんぱ遺跡から粥を煮る鍋が大量に見つかったことからも推測できるとされる。

 そして、お粥は年越しの行事などの夜食に使われたり、お供えや贈答に使われることもあったという。また、紅楼夢においては、元宵節に「ご隠居さま」が、夜になって少しお腹が空いたと言われ、嫁の煕鳳との間で次のような会話が交わされている(第54章)。

「家鴨の肉のお粥が出来ておりますが」
「もう少しあっさりしたものか食べたいね」
「棗(なつめ)入りの粳(うるち)のお粥もございます、奥方さま方のご精進用にこしらえさせたものでございますけれど」

熙鳳 東京藝術大学附属図書館
@Public domain

 このように、一つの家の中で、同時にいろいろなお粥が用途別に作られていたことが窺われる。

 お粥をことさら好んだ人物として良く知られている者は、日本では秀吉がおり、また、今昔物語に出てくる芋粥好きの人物の話などを見ると、平安時代から粥の好きな貴族がいたようだ。近代中国で粥好きで有名だったのは袁世凱である。
 また、清朝時代の皇帝の中にも、朝食はほぼ必ず粥を食べていた人もいたという。中国では、北方は油で揚げたパンのような「油条」とともに粥を食べる人が多いが、南方の広州などでは各種の具材を入れて食べる場合も多く、その種類は数百種に及ぶともいわれる。

 紅楼夢に登場する粥は、「棗入りの粳の粥(第54章)」、「粳米の粥(第14章)」、「(燕巣が少し入っていたかもしれないが)うすい粥(第45章)」で、いずれもあっさりとした粥である。それも、少量すする程度に食べたように描写されている(第54章では粥に言及されているだけで、「ご隠居」は実際には食べていない)。

 このように、あっさり、さっと粥を食べることは、実は、粥の良い食べ方にそっているともいえる。なぜならば、食通の袁枚は、粥の正しい在り方、食べ方として、次のように言っているからである。

 水だけ見えて米が見えねば粥ではない。米だけ見えて水が見えねば粥ではない。必ず水と米とが融けあって、柔らかく滑らかで、一つになって分かれないようにならせて、しかる後これを粥というのである。

『隨園食単』袁枚 著、青木正児 訳註
岩波文庫、1980

 また、粥を食べる頃合いに関しては、「むしろ人が粥を待つとも、粥に人を待たせてはならぬ」という名言がある。

 さらに言えば、「紅楼夢」において、粥は登場人物の性格や体質を暗示している。
 若奥さまの煕鳳の食べ方は、普段からせわしく家政をとりしきっている有り様を象徴しており、また、黛玉の食べ方はいかにも病弱の彼女らしい。

 ご隠居さまになると、夜食にお粥を勧められても、もっとあっさりしたものが良いとか、甘すぎたりしてはだめだと言って、結局お茶を飲むことにしたりするあたりは、彼女が全てに慎重な性格であると同時に、食べ物にうるさい人物であることを暗示しているように思える。

小倉和夫(おぐら・かずお)

国際交流基金顧問、全国農業会議所理事、青山学院大学特別招聘教授。1938年東京生まれ。東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。外務省文化交流部長、経済局長、外務審議官等、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長を歴任。1972年日中国交正常化交渉に外務省事務官として参与、70年代に香港に在住。「日中実務協定交渉」など国際関係関連の著書多数。