「紅楼夢」の料理談義
―名作を舌で味わう―(その11)

お菓子の「作り方」と象徴的意味

 紅楼夢に登場するお菓子は、焼き餅(第六五章)や月餅(第七五章)、あるいは粽(第三一章)など、我々に馴染みのあるものも見られる一方で、どういう作り方をしたのかは、当時の食あるいは料理についての史料にあたらないとよくわからないものもある。したがって、時には、翻訳上の困難をきたす例もある。
 紅楼夢に出てくる菓子で、このように中身の吟味や歴史的考証が必要かとも思われる主なものを列挙すると、ほぼ次のようになる。

棗のつぶし餡の入った山芋の菓子(棗泥餡的山葯糕)(第一一章)
クリーム菓子(酢酪)(第一九章)
桂花糖で蒸した新栗入りの蒸し菓子(桂花糖蒸新栗粉糕)(第三七章)
菱粉餅と鶏の油で揚げた捲菓子(菱粉糕和鶏油巻)(第三九章)
蓮根澱粉をこね、桂花糖で蒸しあげた菓子(藕粉桂糖藕)(第四一章)

このうち、たとえば、棗のつぶし餡の入った山芋の菓子とは、北京の伝統的お菓子で、明の時代の書物を参考にすると、棗、山芋、馬鈴薯、白糖、ジャガイモなどを材料に使っ て、五層に積んで蒸した菓子ではないかという説もある。

可卿 東京芸術大学附属図書館所収 蓋奇作
@Public domain

 また、桂花糖で蒸した新栗入り蒸し菓子については、哀牧の「隋園食単」によれば、新しい栗は煮崩れしやすいので、とろける程煮てはいけないとあるが、他方、新しい栗は、良く煮ると松の実の香りがするので珍重されるとの記述もあり、その製法には意外に難しい点が潜んでいるようだ。
 翻訳の難しさの裏側として、簡単な記述のものにも、実は、複雑な製法が込められているとして、丁寧に解説する向きもある。たとえば、第五二章で、宝玉がご隠居さまに会いにゆくので着替えをし、おそらく、口臭を消す意図もあってか、「精製した紅生姜」を口に入れた云々の記述があるが、ある研究者は、これを「生姜の砂糖漬」と訳し、また、清時代のレシピを参考にすると、皮をむいた生姜、砂糖、シナモン、アニス、オレンジの皮、えごまなどを混ぜ合わせて乾燥させたものであると解説している(トーマス・デイヴィッド・デュボワ著、川口幸大監修、湊麻里訳「中華料理五〇○○年の文化史」河出書房新社、二〇二五年)。

 他方、こうしたお菓子が紅楼夢の中で登場する場面においては、象徴的意味を持っていることがある。たとえば、第一九章に登場するクリーム菓子である。このお菓子は、もともと、宝玉が、自分の最も信頼する侍女「襲人」にあげようと残しておいたものだが、隠居した昔の侍女の李老婆が勝手に全て食べてしまい、それを宝玉が聞きつけて小言を言おうとすると、襲人は「自分はこの間同じ菓子を食べたが、おいしくて食べ過ぎお腹を壊したので、今日は遠慮したい、むしろ干し栗でも食べたい」と言って、クリーム菓子をめぐって騒動になるのを防ぐ場面がある。ここには、襲人の思慮深さと、宝玉への配慮が滲み出ているともに、宝玉と襲人の間の微妙な関係が、「クリーム菓子」によってはからずも象徴されているともいえる。
 また、第一一章に登場する棗と山芋の菓子は、体調をくずした秦可(しんか)卿(けい)が「ご隠居さま」から頂戴して食べたものだが、いささか複雑な製法を想像させるこの菓子が秦可卿との関係で登場しているのは、若くして病死するも自殺説すらある秦可卿の、やや神秘的人生をそれとなく象徴していると思うのは、考え過ぎであろうか。

小倉和夫(おぐら・かずお)

国際交流基金顧問、全国農業会議所理事、青山学院大学特別招聘教授。1938年東京生まれ。東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。外務省文化交流部長、経済局長、外務審議官等、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長を歴任。1972年日中国交正常化交渉に外務省事務官として参与、70年代に香港に在住。「日中実務協定交渉」など国際関係関連の著書多数。