「水滸伝」の料理談義 -4
― 水滸伝に見る羊料理さまざま ―
水滸伝では、羊肉が所々で登場する。
一つは、いうまでもなく、英傑、侠客たちの食べ物としての羊肉である。
たとえば、早くから梁山泊入りし、かつ居酒屋を経営して、仲間の連絡役を務めていた朱貴は、梁山泊へ入るや「好漢」のため羊を殺してもてなしている(第一九回)。また、梁山泊のある宴会では十匹の羊が供されたとされている(同右)。
一方、官軍方の名将、呼延灼は、梁山泊の討伐戦に敗れて青州へ逃れる際立ち寄った居酒屋で、「羊の足の肉を買ってきて、煮てくれ」と要求し、熱燗のお酒とともに食べるのであった(第五七回)。
他方、羊は神棚へのお供えにも使われた。たとえば、黒旋風ともあだ名された乱暴者の李逵(中国名リクイ、日本名リキ)は、東京(開封)に向かう道中、立ち寄った地方の有力者に、娘に取り憑いた化け物退治を頼まれると、「まず豚一頭と羊一頭を神将に備えよ」と要求するのだった(第七三回)。そして、後に部下に対して、「供物のお下がりを食べな」と言う。

羊は、このように供物としても使われただけに、贈り物として届けられることもあった。たとえば、宋江が地方の軍事拠点祝家荘を攻略するため、祝家荘と連携している李家荘の主と話を付けようと、李家の主人に面会を求める際、名馬とともに、羊とお酒を贈り物として提供しようと述べている(第四八回)(もっとも李家の主人は、警戒して宋江の贈り物を受け取らなかった)。
いずれにせよ羊肉は、その用途や料理法が多様と言える。たとえば、作品「金瓶梅」では、(金持ちの西門慶が後に家に入れる)料理上手の女李瓶児は、男の気を引く一策に「刻み葱と羊肉をつめた一寸ほどの餃子」を作り、これを肴に男と一緒に酒を飲んでおり(第一六回)、また西門慶の宴会では、羊の頭の丸焼き(第四五回)や羊をとろとろに煮た料理が提供されている(第六八回)。
袁牧の「隨園食単」でも、羊肉の煮つけ、炒め物、焼き物などのレシピが記され、また、使われる羊の部位も頭、足、胃におよび、かつまた羊肉一色の料理「全羊」が言及されている。
この全羊料理は、中国東北地方の蒙古族や西域のウイグル族などに見られるとされ、蒙古族では、全羊料理は羊の全部の部位が揃うので縁起が良いとされているという。
ちなみに中国東北地方の全羊料理のメニューのひとつとして、熊四智の著書「中国人の食文化ガイド: 愛蔵版 心と身体の免疫力を高める秘訣」(日本僑報社、2020年)に紹介されているものは次の通りである(同書304ページ)。
「冷菜」羊排骨凍(羊のスペアリブの煮こごり)、鹵肝尖(羊のレバーのたれ煮込み)、羊肉絲拌黄瓜(羊の細切りときゅうりのあえ物)、沾羊蹄(羊の蹄の調味料がけ)、醤羊肝拼花腱(羊のレバーともも肉の醤油煮)、「大皿料理」紅扒羊瞼(羊の顔の醤油煮)、紅焼蹬雲(羊の蹄の醤油煮)、紅肉羊肉(羊肉の醤油煮)、清蒸羊尾(羊の尾の蒸し物)、「熘炒菜(あんかけ炒め料理)」扒三白(羊肉と白菜のミルク煮込み)、锅塌羊肉片(羊肉の揚げ煮)、滑炒羊肉絲(羊肉の細切り炒め)、煎扒斬草(羊の舌炒め)、銀耳烩千里風(羊の耳とシロキクラゲのあんかけ炒め、醤爆里脊丁(ひれ肉のみそ炒め)、熘羊腎(羊の腎臓のあんかけ料理)、葱扒羊肉条(葱と羊肉の煮込み)、清炖羊肉(羊肉の煮込み)。
人物点描
朱貴
梁山泊のそばで居酒屋を経営し、情報収集や連絡にあたる人物。そうした役柄もあって、流人の梁山泊入りを助けたり、また、逆にそこから親族を訪ねて旅に出る者に随行したりした。最後は、杭州で疫病にかかって死亡する。
呼延灼
宋朝建国の名将の子孫で、朝廷の命令で梁山泊軍の討伐に向かい善戦するも、敗れて独り落ち行く際、策にはまって生け捕られる。梁山泊の指導役の宋江に諄々と説き伏せられて梁山泊入りする。後に、金国討伐の指揮官になり、討ち死にする。
李逵
元来は、地方の牢役人。宋江が流罪になって配流の途次、漁師たちとの喧嘩がきっかけとなってお互いに知り合う。宋江が処刑されそうになった際、処刑場で暴れて、宋江を陥れた男を殺し、梁山泊入りする。無頼の酒好き。母親を虎に殺されたことを恨んで虎を四匹殺したという豪傑。梁山泊では歩兵頭目となるが、最後は、宋江の勧めもあって、朝廷からおくられた毒酒を共に飲んで死ぬ。
*

小倉和夫(おぐら・かずお)
一般財団法人 日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO) 評議員
国際交流基金顧問、全国農業会議所理事、青山学院大学特別招聘教授。
1938年東京生まれ。
東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。
外務省文化交流部長、経済局長、外務審議官等、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長を歴任。1972年日中国交正常化交渉に外務省事務官として参与、70年代に香港に在住。「日中実務協定交渉」など国際関係関連の著書多数。

